ハンドメイドホーム

40代妻、30代夫、4歳娘の日々の日記

コインランドリー(夫の日記)

朝、妻と洗濯のことでギスギスしてしまう。わが家で洗濯は主に僕の家事になっている。これは話し合って決めた分担ではなく、近所のコインランドリーを頻繁に利用するようになってからの習慣だ。娘が保育園に通うようになってから、洗濯回数が増え、また僕らの部屋は日当たりが良くないため洗濯物が乾きにくいから、コインランドリーを使うようになった。妻がコインランドリーまで重たい洗濯物を運ぶのは難儀だろうということで、洗濯全般を僕が担った。妻は外出するのにもいちいち支度があり面倒だけれど、僕はそのへん無頓着なので、顔も洗わず家着でサンダルつっかけてコインランドリーまで行けちゃうのが理由だ。もうひとつ付け加えると、乾燥が終わるまでのあいだに散歩しながら缶ビールを飲むのが好きだからだ。

 

ところが僕は週半ばと週末にまとめて洗濯物を片付けるようになっていて、妻が必要としているタイミングに目当ての服が未洗濯のまま放置されてるケースが増えてきた。それでこの日妻は、自分でも洗濯をしようとしたのだった。今日は天気だったから、外干しでも乾くはずだし自分でやるね、という妻の善意と未洗濯問題への対処だった。

 

妻が洗濯しようとしたタイミングで僕は洗剤が切れていることを思い出し、「洗剤切らしてた!」と声をかけた。するとすぐさま妻は洗剤を買いに出かける。詰替用を買ってきた妻が洗面所の下の戸棚を開けると、そこに洗剤ボトルがない。僕はそのことを伝え忘れていた。前回の洗濯時、洗剤量が足りなかったので、ボトルに水を入れて使ったのだ。底に残っている洗剤を使い切るために、僕はしばしばこの方法をとる。ボトルももう半年くらい使っていたので、捨て時かな、と思っていてそのまま捨ててしまっていた。そのことを妻に伝え忘れていたのだ。

という説明をすると妻は「じゃあボトル買ってくる」とちょっと投げやりに言って再び外出しようとした。なんだかカッとなってしまった僕が「今日洗濯する気なかったし、やらなくていいよ」とぞんざいに言うと、分った、と言って話は終いになってしまった。僕からすると、洗濯は僕の領域になっていたので、勝手に侵犯され、そのうえ洗剤ボトルがないことを責められたような気になって不愉快だった。一方妻は、ひさびさに洗濯をやろうという気持を僕のせいでことごとく遮られ苛立っていた。お互いに言い分があった。でもやっぱり、僕が洗濯洗剤が切れそうなタイミングでちゃんと買置きしておけばよかっただけだし、誰でも家事をできるように整えておくのが、ほんとうの意味での家事なのだと思うと、自分が悪いなと思われた。

 

家事労働は難しい。

 

晴れ・妻の日記

朝からバタバタしていた中、突如思い立ってスマートフォンの機種変更をしてきた。娘を保育園へ送っている間に洗濯機を回そうと思っていたのを忘れていたり、そもそも洗剤がなくなっているのに気付いていなかったりといろいろ歯車が噛み合わない感じがしたので、ずっと先延ばしにしていたことを終わらせてしまおうと思い立ったのだ。

近所の携帯ショップへ行くとすぐに係員が迎えてくれ、iPhone11Proに変更。バックアップを取ってから行ったのだけれど、新しい機種はデータの移行がずっとスムーズになっていてまるで未来だ、と思った。

寄稿の依頼をうけるとき、写真も一緒に添えてほしいと頼まれることがあってカメラを買うか迷っていたが、これで十分事足りそうなので、そちらの意味でも安心だが、これで家族の写真をたくさん撮るぞ〜と思うとワクワクする。そんな日でした。

I'll be(夫の日記)

帯状疱疹になってしまう。罹患したことのある妻は当時の苦しみを「会社を3日休むほど」と答えた。会社員になったことのない僕はその尺度を持ち合わせていないが、ワーカホリックだったという当時の妻からすれば、それは尋常じゃない休息を要したことになる。恐ろしい。

 

週末に家族を伴った初の帰省を控え、原稿や楽しいイベントも目白押しの11月にかぎって、こんなことになるとは悔しい。大事に至らないことを祈ってこの日は安静にさせてもらった。今日から保育園の送迎もお風呂も妻に任せることになるので、申し訳ない。

晴れ・妻の日記

月曜日。朝から原稿執筆。お昼までに一本納品して、またガリガリと書く。その他に日記もまとめて書いたので、合計で1万文字くらい書けていい調子で終えられた。

朝いちで病院へ行った夫から「帯状疱疹だった」との報せ。わたしも経験したことがあるのだけれど、発疹だけでなく痛みが辛かったと記憶があり、とてもかわいそう。本人はひどくだるそうで、終日ぐったりしていた。

この日記もそうだけれど、11/24にある文学フリマ東京へ出店する準備を進めており、(というかかなり遅れているのだけれど)そのさなかの帯状疱疹(夫)と肺炎(妻)なのでかなり良くないと思う。体調万全にしていこう。ちなみにブースは「テ-30」です。

 

がんばりましょう(夫の日記)

妻の昔からの友人宅に招かれる。3世帯が集まる。人付合いの苦手な僕は相変わらずまともに社交できず、娘や他の子供と戯れ(るふりをして)、時間を過ごす。人とどんな会話をすればいいのか分らない。仕事でインタビュアーをすることが多いのに、人とまともに喋れないなんておかしいと思われるだろうけど、インタビューと会話はちょっと違う。聴き手に終始するのと、ほどよく自分を開示しながら言葉をやりとりするのとは異なる。そのバランスがよく分らない。……まあそんな御託はどうでもよく、招いてくれた家族はみな朗らかで優しく、もうひと家族は陽気で明るく、自分ひとりで生きてたら絶対に遭遇できなかった人たちだったから嬉しかった。

 

帰り道、妻に「楽しかった?」と聞かれ、「楽しかったとは言いきれないけど、行ってよかったよ」と答えた。正直な気持なんだけど、言葉足らずだったので補うとすれば、妻のことをまたひとつ知れたので行ってよかった。

楽しむのはまた次の機会に。

晴れ・妻の日記

かなり咳は治まり、薬の力を実感している……。

朝起きた瞬間、昨日より今日のほうが良くなっている!という実感をこんなに得られるのは珍しいかもしれない。薬が合っているのだろうか。

さて今日は20年来の友人宅へお邪魔する予定があったので、夫と娘と連れ立って伺う。友人の家には新しくベビーがやってきていたので、抱っこさせてもらいたかったが、体調のこともあり接触を避けたほうがよいと思って遠慮した。次こそはしっかりと抱っこさせてもらいたい。

自分が子供を産むまで、「抱っこしてやって」とか「抱っこさせて」という人の気持がいまいち理解できなかったのだけれど、今は何となく分かる。なんというか、抱っこすることで「ああ、人間!」という実感がわくくらい、抱っこの情報量はすごいのだ。それを感じてほしくて友人に娘を抱っこしてほしいし、許されるなら友人の子も抱っこしたい。両手で小さい身体を持ち上げるだけで「ああーすごい生きてるんだなー!」と思えるし、もしかしたらわたしからもなにかが相手に流れ込んでいるような気がするというか、なんというか、人間同士の「よろしくね」ができるような気がするというか……別にスピ的な意味ではなく……。うまく言えないのですが、親愛の交流という意味では、握手に近い気がしている。

まあそんな御託はどうでもよくて、娘は友人の長男とよく遊んでもらい、その間に大人は旧交を温めるという、よい会合でした。友人はみんな「なんでこんないい人たちがわたしと仲良くしてくれるんだろう」と思うほどいい人なので、末永く仲良くしてほしい……。

午後早めの解散となったので帰宅して昼寝、娘の面倒を見て寝付いたあと、夫とTBSドラマの『グランメゾン東京』4話を観た。安定のキムタクだったので楽しめたし、久しぶりに布のテーブルクロスがかかっているレストランで夫と2人、おいしいものが食べたいなあ、と思ったりした。近々実現したい。その後は早々に就寝。

締め切りが引き続き迫っているので、どんどんやっつけていきたい。

Macho Man(夫の日記)

妻のこの日の予定が朝から日付変わるまでみっちりだった。肺炎で辛そうなのに朝から準備している妻に休みなよ、と言ったら素直に休んだのでホッとする。

再び床についた妻に代わり、娘に朝ごはんをやり、少し遊ぶ。はじめて「おさるのジョージ」を見せたら、今までになく集中して20分くらい画面に釘付けだったので感心した。何が彼女をそんなに惹きつけたのだろう。

 

僕はといえば、帯状疱疹の症状があらわれはじめ、戦々恐々。11月は大事なイベントがたくさんあるというのに。帯状疱疹になるほど疲れてないしストレスもないはずなのに、なんでだ。プレッシャーか?